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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)5836号 判決 1964年3月18日

原告

板倉政次

右訴訟代理人弁護士

圓山田作

藤井与告

圓山雅也

紺野稔

補助参加人

東洋レーヨン株式会社

右代表者代表取締役

森広三郎

右訴訟代理人弁護士

根本松男

小坂志磨夫

松本重敏

被告

東洋特殊織物株式会社

右代表者代表取締役

高木弥一郎

被告

広瀬又一株式会社

右代表者代表取締役

広瀬又一郎

右両名訴訟代理人弁護士

岸星一

萩沢清彦

佐藤庄市郎

主文

一、被告東洋特殊織物株式会社は、別紙第一図面及びその説明書記載のズボンの腰裏地並びに別紙第二図面及びその説明書記載のズボンの腰裏地を、いずれも業として製造し、譲渡し、又は譲渡のために展示してはならない。

二、被告広瀬又一株式会社は、前項のズボンの腰裏地を業として譲渡し、又は譲渡のために展示してはならない。

三、被告広瀬又一株式会社は、その所有する別紙物件目録記載のバイヤルベルトを廃棄せよ。

四、被告両名は、各自、原告に対し、金四十七万二千三百四十四円六十銭及びこれに対する昭和三十六年八月十三日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

五、被告東洋特殊織物株式会社は、原告に対し、金七十四万九千三百十七円四十銭及びこれに対する昭和三十六年八月十三日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

六、原告のその余の請求は、棄却する。

七、訴訟費用中原告と被告らとの間に生じた分は、これを十分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とし、補助参加人と被告らとの間に生じた分は、これを十分し、その一を補加参加人らの負担とする。

八、この判決は、第四項及び第五項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、主文第一項から第三項同旨及び「四、被告両名は、各自、原告に対し、金五十四万五千十三円、被告東洋特殊織物株式会社は、原告に対し、金八十六万四千五百九十七円及び右各金員に対する昭和三十六年八月十三日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。五、訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決並びに右第四項につき仮執行の宣言を求め、被告ら訴訟代理人は、「原告の請求は棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二  当事者の主張

原告訴訟代理人は、請求の原因等として、次のとおり述べた。

(請求の原因等)

一、原告は、次の実用新案権の権利者である。

名  称 ズボンの腰裏

登録出願 昭和三十四年二月十四日

出願公告 昭和三十五年九月三十日

登  録 昭和三十六年二月二十八日

登録番号 第五三〇、七七九号

二、本件実用新案権の登録願書に添附した明細書の登録請求の範囲の記載は、別紙第一目録該当欄記載のとおりである。

三、本件登録実用新案の要部及びその作用、効果、次のとおりである。

(一) 本件登録実用新案の要部は、

(1) 腰裏地を上部、中間部及び下部の三部分からなる単位組織とすること、

(2) 右各部は、平織、綾織、朱子織又はそれらの変化組織をもつて組成され、そのうちバンドを締め付ける部分にあたる中間部は、上部及び下部と組織を異にし、その布面に腰廻り方向に凹凸を形成すること。

(3) 右単位組織の数単位ないし十数単位を広幅で織成の単位組織に切断してズボンの腰裏に縫着すること、

である。

(二) 本件登録実用新案の作用及び効果は、

(1) 弾力性を有し、ズボンとワイシヤツとがよくなじんで密着すること、

(2) ズボンの滑り落ちをを防止するとともに、着崩れすることなく、優美なスタイルを保持することができること、

(3) ゴムバンドのような附属品を使用する必要がないことである。

なお、被告らの答弁等第二項の事実中、本件実用新案権が登録されるまでの出願の経過が、被告ら主張のとおりであることは認めるが、その余は否認する。本件実用新案登録出願手続中の訂正は、登録請求の範囲の記載を明瞭にするためになされたものであり、昭和三十五年四月九日付訂正申立が不採用となつたのは、「はちす織」という文言が出願当初の願書添附の明細書中に記載されていなかつたところから、特許庁長官は、形式的にこれを要旨を変更するものとして取り扱つたにすぎず、しかも、出願当初からその明細書の実用新案の説明の欄には、「本件実用新案は、平織、綾織、朱子織又はそれらの変化組織をもつて組成し」との記載があり、しかして変化組織とは、平織、綾織、朱子織のいわゆる三原組織から誘導変化されて織成される組織、すなわち、変化平織、変化綾織、変化朱子織及び特別組織をいうのであり、「はちす織」が右変化組織に属する織物である以上、前記訂正申立は、実質的には何ら要旨を変更するものではなく、したがつて訂正申立が採用されなかつた事実をもつて、本件登録実用新案の要旨が中間部に「はちす織」を含まず、出願当初の登録請求の範囲に記載されたとおりの中間部をサツカー織として織成した構造のズボンの腰裏のみがその要旨である、というのは理由がなく、「布面を腰廻り方向の凹凸に形成する」とは、ズボンのバンドを締め付ける中間部に、上部及び下部と異なる組織により、織成方法自体によつて凹凸を形成することを指すものであり、サツカー織に限定されるものではない。

また、本件登録実用新案の明細書中、実用新案の説明の欄に、「平織、綾織、朱子織又はそれらの変化組織をもつて組成し」との記載があるからといつて、本件登録実用新案の腰裏が一重組織のものに限定されると解すべき根拠とはならないし、被告ら主張の公知例(実用新案出願公告昭和三三年第九、一四九号)は、その登録請求の範囲の記載からも明らかなとおり、平織と経芯入リベツト・フオード・コードを交互に繰り返して織成することにより凹凸を形成することを要旨とするもので、あらゆる二重織のものを対象とするものではなく、右公知例の存在をもつて、本件登録実用新案の腰裏が一重組織のものに限定されるとする被告らの主張は、理由がない。

四、被告らの製造又は譲渡等の行為は、次のとおりである。

(一) 被告東洋特殊織物株式会社は、昭和三十五年十月一日から、別紙第一図及びその説明書記載のズボンの腰裏地(以下「第一物件」という。)を、被告広瀬又一株式会社の注文により、業として、製造し、これを同被告に譲渡し、同被告は、業として、これを他に譲渡している。

(二) 被告東洋特殊織物株式会社は、昭和三十七年五月頃から、別紙第二図面及びその説明書記載のズボンの腰裏地(以下「第二物件」という。)を業として、製造し、これを被告広瀬又一株式会社に譲渡し、同被告は、これを見本として、埼玉県行田市その他において譲渡又は譲渡のために展示している。

五、第一物件及び第二物件の各構造、作用及びその効果の特徴は、次のとおりである。

(一) 第一物件について

(1) 構造上の特徴

(い) 腰裏地を上部、中央部及び下部の三部分からなる単位組織とすること。

(ろ) 別紙第一図面(組織図)のとおり、上部と下部は、綾織、中間部は綾織、平織及びはちす織をもつてそれぞれ織成されており、バンドを締め付ける部分にあたる中間部は、その布面に腰廻り方向に凸凹が形成されており、はちす織とバイヤスに織成されている綾織の部分は、綾織(変化の綾織)、平綾をもつて織成されており、いずれも一重組織であること。

(は) 右単位組織の数単位ないし十数単位を広幅で綾成し、単位組織に切断してズボンの腰裏に縫着すること。

(2) 作用及び効果上の特徴

本件登録実用新案の作用及び効果と同一である。

(二) 第二物件について。

(1) 構造上の特徴

(い) 腰裏地を上部、中間部及び下部の三部分からなる単位組織とすること。

(ろ) 別紙第二図(組織図)及びその証明書記載のとおり、上部と下部は、表組織を変化綾織、裏組織を平織とした二重組織をもつて織成されており、中間部は、表組織をはちす織とし、裏組織を変化綾織としてなる二重織部分(別紙第二図面3の部分)と、変化平織の一重織部分(別紙第二図面2及び4の部分)よりなる部分をもつて織成されていること。

(は) 右単位組織は、数単位ないし十数単位の布幅で綾成し単位組織に切断してズボンの腰裏に縫着すること。

(に) 中間部の布面に腰廻り方向が凹凸が形成されており、その凹凸は、前記表組織であるはちす織により織成されていること。

(2) 作用及び効果上の特徴

本件登録実用新案の作用及び効果と同一である。

六、本件登録実用新案と第一物件及び第二物件とをそれぞれ対比すると、次のとおりである。

(一) 第一物件について

(1) 構造上の特徴の対比

(い) 腰裏地を上部、中間部及び下部の三部分からなる単位組織とし、右単位組織の数単位ないし十数単位を広幅で織成し、単位組織に切断してズボンの腰裏に縫着することは、両者同一である。

(3) 右上部、中間部及び下部は、本件登録実用新案においては、平織、綾織、朱子織又は、それらの変化組織をもつて織成される。平織、綾織、朱子織とは、織物組織ににおける基本組織にほかならず、また、それらの変化組織とは、右三原組織から直接誘導される変化平織、変化綾織、変化朱子織とこれら変化組織から誘導される特別組織を指称するものである。第一物件においては、中間部は、はちす織をもつて織成されているがはちす織は、右特別組織の一種であり、変化組織に属する。

(は) 中間部の組織が上部及び下部の組織と異なつていることは、両者同一である。

(に) 中間部の布面に腰廻り方向に凹凸が形成されていることは、両者同一である。

(ほ) 第一物件においては、桝形の凹凸が腰廻り方向に傾斜しているが、これは単位組織を斜め向方に織成して切断する結果にすぎない。

(へ) 本件登録実用新案の腰裏の中間部の凹凸は、サツカー織のような織り方の変化により布面そのものを凹凸に形成するものではない。

(と) 第一物件は、上部及び下部を綾織、中間部を綾織、平織及びはちす織をもつて織成されており、本件登録実用新案の腰裏と同一である。

(2) 作用及び効果は、両者全く同一である。

(二) 第二物件について。

(1) 構造上の特徴の対比

(い) 腰裏地を上部、中間部及び下部の三部分からなる単位組織とし、右単位組織の数単位を広幅で織成し、単位組織に切断してズボンの腰裏に縫着することは、両者同一である。

(3) 右上部、中間部及び下部は、本件登録実用新案においては、平織、綾織、朱子織又はそれらの変化組織をもつて織成されており、第二物件においては、中間部の表組織をはちす織としているが、はちす織は、前叙のとおり、特別組織の一種であり、右の変化組織に属する。

(は) 中間部の組織が、上部及び下部の組織と異なつていることは、両者同一である。

(に) 中間部の布面に腰廻り方向に凹凸が形成されていることは、両者同一である。第二物件において、桝形の凹凸が腰廻り方向に傾斜しているのは、単位組織を斜方向に織成して切断する結果にすぎない。

(ほ) 第二物件は、上部及び下部の表組織を変化綾織、裏組織を平織とし、中間部の表組織をはちす織、裏組織を変化綾織とし、別紙第二図2及び4の部分を変化平織の一重組織としているが、本件登録実用新案の腰裏がその織成方法につき何らの限定がない以上、本件登録実用新案の腰裏と同一である。なお、本件登録実用新案の中間部の凹凸は、サツカ織のような織り方の変化により布面面そのものを凹凸に形成するものではない。

(へ) 本件登録実用新案の明細書中、「実用新案の説明」欄には、「平織、綾織、朱子織又はそれらの変化組織をもつて織成し」との記載があるところ、第二物件は、わずかに上部、中間部及び下部のそれぞれに変化綾織及び平織をもつて裏組織を附加し、これを二重織として織成している点において、右説明欄の記載と形式的差異があるが、第二物件の中間部は、その布面に腰廻り方向に凹凸が形成され、右凹凸は、表組織であるはちす織により形成されており、右明細書の記載とその実質において全く異なるところはない。

(2) 作用及び効果は、両者全く同一である。

被告ら主張の第二物件についての作用効果の主張は、いずれも否認する。すなわち、芯地と二重組織とは、およそ関係のないことで、二重組織にしたからといつて、芯地の必要がなくなるということはないし、現に被告らは第二物件についても芯地を使用している。しかも、第二物件の中央部の織糸の起状は、裏組織のため却つて滑り止めの効果が減ずることとなり、また、第二物件がズボンの腰裏地として縫着されるものである以上、被告らの主張するように、ズボンに接する部分と人体に接する部分との摩擦数が異なり、裏組織と表組織がそれぞれ独自の効果を発するということはない。

(三) 結論

以上のとおり、第一物件及び第二物件は、いずれも本件登録実用新案の技術的範囲に属するものである。

七、被告らが第一物件及び第二物件をいずれも業として製造し、譲渡し、又は譲渡のために展示していることは、本件実用新案権を侵害し、又は侵害するおそれのあるものであるから、これが侵害の停止及び予防を求めるとともに、別紙第一図面及びその説明書記載の構造を有する別紙物件目録記載のバイヤスベルト(第一物件)は、右侵害の行為を組成した被告広瀬又一株式会社が所有する物件であるから、これが廃棄を求める。

なお、原告が補助参加人のために、本件実用新案権につき、被告ら主張の専用実施権を設定し、その主張の日、右専用実施権設定の登録手続がなされたことは、認めるが、被告らが主張するように、実用新案権者が専用実施権を設定したからといつて、その設定行為の範囲内において、権利の侵害に対し、差止等の請求権を喪失するものではない。

八、被告らは、本件実用新案権を侵害するものであることを知り、又は知りえたにかかわらず、過失によりこれを知らないで、第一物件を製造又は譲渡したものである。すなわち、

被告東洋特殊織物株式会社は、昭和三十五年十月一日から昭和三十六年四月二十日までの間に、カツト換算で四十六万九千八百七十メートルの第一物件を製造し、これを被告広瀬又一株式会社に販売し、同被告は、昭和三十五年十月一日から昭和三十六年二月末日までの間に、そのうちカツト換算で十八万千六百七十一メートルを他に譲渡した。しかして、本件登録実用新案にかかる腰裏の実施に対し権利者が通常受けるべき金銭の額に相当する金額は、少なくとも、右物件一メートルにつき金三円を下らないものがみるのが相当であるから、被告らの行為により、原告は、被告東洋特殊織物株式会社に対する関係において金百四十万九千六百十円、被告広瀬又一株式会社に対する関係において金五十四万五千十三円の損害を受けたものである。そのうち、被告広瀬又一株式会社が販売したカツト換算で十八万千六百七十一メートルの第一物件は、すべて被告東洋特殊織物株式会社が被告広瀬又一株式会社の注文により製造して、同被告に販売したもので、被告らの右数量の第一物件の製造販売行為は、共同の不法行為というべく、原告は、これにより原告の蒙つた損害の賠償として、被告両名に対し、各自、連帯して金五十四万五千十三円及びこれに対する不法行為の後である昭和三十六年八月十三日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、被告東洋特殊織物株式会社に対しては、前記金百四十万九千六百十円から右金五十四万五千十三円を差し引いた残金八十六万四千五百九十七円及びこれに対する前同様不法行為の後である同日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

九、被告らの先使用による通常実施権を有する旨の抗弁事実中、第二物件が第一物件と同一性のある技術で考案として同一範疇に属することは認めるが、その余は否認する。原告がした昭和三十五年五月十八日付訂正書は、何ら本件登録実用新案の要旨を変更するものではなく、また、本件実用新案権は、改正前の実用新案法のもとにおいて出願されたものであるから、要旨変更があつたものとして出願の日の訂正書差し出しの日に繰り下げて主張することは許されない。

被告ら訴訟代理人は、答弁等として、次のとおり述べた。

(答弁等)

一  請求原因第一項及び第二項の事実は、認める。

二  同じく第三項の事実中、(一)の(1)及び(3)並びに(二)は認めるが、その余は否認する。

原告主張の本件登録実用新案の要部中、(2)の「布面を腰廻り方向の凹凸に形成してなる」とは、これを織成方法との関連において説明すれば、織成の段階において、布面上に腰廻り方向の凹凸を形成するというのではなく、織物が形成され、布面が構成された後の段階において、布面をサツカー織(織物の張力により変化をもたせる織り方の一種)のような織り方で腰廻り方向の波形の凹凸を形成することをいうのであり、布面上に特別組識、とくにはちす織をもつて凹凸を形成するものを含むものではない。このことは本件登録実用新案が登録されるまでの経緯に徹し明らかである。すなわち、

本件実用新案権の出願当初の願書に添附した明細書の登録請求の範囲の記載は、「図面に示す如く腰裏地を上部(1)、中間部(2)及び下部(3)として数単位ないし十数単位の広幅で織成し、単位組織に切断してズボンの腰裏に縫着するものにおいて、バンドを締め付ける中間部(2)をサツカー織として波状の凹凸を形成してなるズボンの腰裏の構造」と記載されていたが、原告は、昭和三十五年四月九日、右登録請求の範囲の記載を、「図面に示す如く腰裏地を上部(1)、中間部(2)及び下部(3)とした単位組織として数単位ないし十数単位の広幅で織成し、単位組織に切断してズボンの腰裏に縫着するものにおいて、バンドを締め付ける中間部(2)をサツカー織又ははちす織の如く腰廻り方向に凹凸を形成してなるズボンの腰裏地の構造」と訂正した。しかるに、特許庁官は、同月二十八日、右訂正の申立は、出願当初の説明書及び図面には、中間部をはちす織とすることにつき、その記載がなかつたから、この点を要旨の一つとしている右訂正は要旨を変更したものとして、右訂正の申立を採用しなかつた。その結果、原告は、同年五月十八日、出願当初の登録請求の範囲の記載を要旨変更にならない限度、すなわち、はちす織を含まない限度において、「バンドを締め付ける中間部をサツカー織として波状の凹凸を成形するための効果をさらに具体的に記載するため、本件登録実用新案の登録請求の範囲の記載と同一の文言に訂正し、これが公告及び登録されるに至つたものなのである。しかも、右出願当時の大正十年法律第九十七号実用新案法のもとにおいては、登録請求の範囲変更は許されなかつたのであるから、本件実用新案登録出願は、織り方をサツカー織とすることにより、布地全体を波立たせて、波状の凹凸を形成するものとして出願されたものであり、出願当初の登録請求の範囲として記載されていた、中間部を組織の変化によらずに織り方を変化させて張力の変化により波状の凹凸を形成する旨の要旨は、本件登録実用新案が登録になるまで同一性を有していたものである。

なお、本件実用新案権の願書添附の明細書の実用新案の説明の欄中、「本実用新案は、平織、綾織、朱子織又はそれらの変化組織をもつて織成し」及び「従来のズボンの腰裏地はバンドを締め付ける部分も他の部分も同一の織り方であるため」との各記載は、登録請求の範囲の「腰廻り方向の凹凸に形成」することを具体的に説明したもの、すなわち、特別組織の組織の変化によらずに、平織、変化平織、綾織、変化綾織、朱子織、変化朱子織の組織を用い、織り方の変化により、中間部の布面自体を波形の凹凸に形成するものであることを説明したしたものにすぎない。

本件登録実用新案の腰裏は、一重組織のものに限定して解釈すべきである。すなわち、本件登録実用新案の明細書中、実用新案の説明の欄には、「平織、綾織、朱子織又はそれらの変化組織をもつて織成し」との記載があり、これらは一重組織を示すものであり、また、その図面も二重組織のものを示すのではなく、一般に二重組織のものにつき、実用新案の登録がされる場合においては、その旨の記載がされるのが慣例であり、また、本件登録実用新案の登録出願前、腰裏地のバンドを締め付ける中間部に二重織で凹凸を形成したベツト・フオード・コード織からなるものが公知(実用新案出願公告昭和三十三年第九、一四九号)となつていたものである。

三、同じく第四項(一)の事実は、認める。(二)の事実中、被告東洋特殊織物株式会社が、昭和三十七年五月頃から、業として、第二物件を製造し、これを被告広瀬又一株式会社に譲渡したこと、及び同被告が業として、さらにこれを他に譲渡したことに認めるが、その余の事実は否認する。すなわち、被告広瀬又一株式会社は、帝人株式会社の依頼により、第二物件を被告東洋特殊織物株式会社に製造させ、これを帝人株式会社に納付したにすぎない。

四、同じく第五項の事実中

(一) (一)の第一物件につき、(1)の(い)及び(は)の事実並びに(3)の物件が別紙第一組織図のとおり織成されていることは認めるが、その余は否認する。

第一物件は、単位組織においては上部及び下部は比較的平坦な組織をバイヤスに裁断したものであり、中間部ははちす織による起組織で、腰廻り方向に対し四十五度又は百三十五度の桝形の糸の浮沈の凹凸が連続するバイヤス地と起組織の間に二重織の部分が存し、中間部の桝形の凹凸により、ズボンの下降防止及びワイシヤツのずり止めの作用を有するほか、上部及び下部をバイヤスに裁断したことにより、経糸と緯糸が自由に四十五度の方向にずれやすく、その方向に伸縮に富み、腰廻り方向だけでなく、上下の方向にも伸縮して複雑な人体曲線によくなじむものである。

(二) (二)の第二物件につき、その組織が、原告主張の(1)の(3)記載のとおりであることは認めるが、第二物件は、上部、中間部、下部及び境の部分(上中部及び中下部)からなるものであり、組成単位を左右(生地幅)に数回、両端(生地長)に数百回反復繰り返して組成し、これを組成単位の対角線に沿つて切断し(したがつて、経緯糸を斜断する。)、ズボンの腰裏に縫着するものであり、中間部において、経糸と緯糸の交錯による織物組織の通常の糸の起伏が、腰廻り方向に対して四十五度及び百三十五度の方向に存在するもので、作用効果の点においても、後記のとおり、本件登録実用新案のそれとは異なるものである。

五、同じく第六項の事実中

(一) (一)の第一物件につき、(1)の(い)は認めるが、その余は否認する。

原告主張の同項(1)の(3)及び(に)について。

(い)はちす織は、平織、綾織、朱子織、又は、それらの変化組織のいずれにも属しない特別組織の一種である。

同じく(1)の(は)について。

(3) 本件登録実用新案においては、中間部は、上部、下部と織り方を異にするのみで、組織を異にすることは、考案の要件ではない。

同じく(1)の(ほ)について。

(は) 本件登録実用新案は、中間部の布面を腰廻り方向の波形の凹凸に形成するが、第一物件は、中間部の布面上に腰廻り方向に対し四十五度又は百三十五度の桝形の糸の浮沈の凹凸を形成する。また、第一物件は、斜め方向以外に切断することができず、数単位ないし十数単位の広幅に織成し、単位組織に切断するときは、四十五度又は百三十五度以外の方向は生じない。

同じく(1)の(へ)について。

(に) 本件登録実用新案の中間部の凹凸は、サツカー織のような織り方の変化により布面そのものを凹凸に形成するが、第一物件は、特別組織であるはちす織を用い、布面上に凹凸を形成する。

同じく(1)の(と)について。

(ほ) 本件登録実用新案は、下部及び下部には何らの限定はないが、第一物件は上部及び下部を比較的平坦な組織とし、かつ、上部、中間部及び下部に用いられる全組織はすべて四十五度に連なる同一状態の織目の一線を有し、この一線を一致させ、斜めに組織連合し、これに沿つて裁断したもので、組織は取捨選択されて限界があり、また張力を部分的に変えることもできない。

同じく(2)の作用及び効果の比較について。

(へ) 本件登録実用新案は、中間部の布面が波形に腰廻り方向の凹凸に形成されているので、布面に直角に弾力を有する。しかるに、第一物件は、中間部の桝形の凹凸を利用するのであるが、上部及び下部がバイヤスに裁断されたものであるため、上下はもとより、左右の方向にも伸縮し、その結果、中間部の布面上の凹凸が十分にその機能を発揮する。

(二) 同じく第六項の(二)の第二物件についての原告の主張はすべて争う。

(い) 第二物件の構造は、組織全体が二重織をもつて織成され、上部、中間部及び下部の境界の部分は、一重織が使用されており、しかも、本件登録実用新案の腰裏は前記のように、一重組織のものに限定して解釈すべきであるから、第二物件は、本件登録実用新案の腰裏とはその構造を異にする。

(3) 第二物件は、前記のような組成及び切断の方法をとるもので、織成単位ごとに切断し、これを使用単位としてズボンの腰裏に縫着する本件登録実用新案の腰裏とは異なる。

(は) 第二物件は、経糸と緯糸の交錯による織物組織の通常の糸の起伏及び浮沈がそのまま存在し、布面形成後において、布面そのものを凹凸に形成することがなく、しかも、右起伏が腰廻り方向に対して四十五度及び百三十五度の方向に存在するのであり、本件登録実用新案の腰裏とは、その構造を異にする。

(に) 第二物件は、布面を腰廻り方向の凸凹に形成せず、両端部をバイヤスにカツトした布地とすることにより、上下及び左右に伸縮性に富み、人体曲線によくなじみ、中央部の織物組織の経糸と緯糸との交錯による通常の糸の起伏が滑り止めの機能を発揮するとともに、二重組織としたことにより、ズボンの腰裏地をズボンに縫着する際に、芯地を必要とせず、中央部の織糸の起伏が圧されてつぶれることがなく、かつ、ズボンに接する部分と人体に接する部分との摩擦数が異なり、裏組織と表組織とがそれぞれ独自の効果を発揮する。

(三) 結論

したがつて、第一物件及び第二物件は、いずれも本件登録実用新案の技術的範囲に属するものでない。

六、同じく第七項の事実中、被告広瀬又一株式会社が別紙物件目録記載の第一物件を所有していることは認めるが、その余は否認する。

なお、原告は、補助参加人のために、本件実用新案権に対し、昭和三十六年四月二十八日契約により、地域を日本全国、期間を本件実用新案権の存続期間中、内容をナイロン、アクリル繊維、ポリエステル繊維又はポレオレフイン繊維を使用するズボンの腰裏地用の生地(百パーセントのもの及び他繊維との混紡、交繊を含む。)の製作、使用、販売及び拡布とする専用実施権を設定し、同年七月十三日その登録手続を経たものであるから、右設定行為の範囲内において、本件登録実用新案の実施をする権利を専有するものではなく、したがつて、その範囲内において差止請求権を有しないところ、被告らの製品のうち、第一物件の一部及び第二物件はポリエステル繊維を使用したものから、右繊維を使用した製品に対する原告の差止め及び廃棄を求める請求は、理由がない。

七、同じく第八項の事実中、被告らが原告主張の期間、その主張の数量の第一物件を製造又は販売したことは認めるが、その余は否認する。

八、仮に、第一物件が、本件登録実用新案の技術的範囲に属するものであり、かつ、前叙のように、本件実用新案権が登録されるまでの出願の経過からみて、原告が、昭和三十五年五月十八日、本件実用新案登録出願の登録請求の範囲の記載を訂正する旨の訂正書を提出したときに、その要旨が変更されたものとすると、本件実用新案登録出願は、右訂正書を提出した時にしたものとみなされるものである。もつとも、改正前の大正十年法律第九十七号実用新案には、現行実用新案法第九条、第二十六条の規定によりそれぞれ準用される特許法第四十条、第七十九条のような規定は存在しないが、旧実用新案法のもとにおいても要旨変更による登録が無効ではなく、変更された登録請求の範囲に基づいて登録実用新案の技術的範囲を定むべきであると解するときは、要旨が変更された時をもつて、当該実用新案権の出願の時とみなさるべきは当然であり、仮に、旧実用新案法のもとにおいては、前記現行実用新案法のような規定がないから、同法の規定を準用することはできないとしても、少なくとも、本件実用新案登録出願につき、昭和三十五年五月十八日の訂正書を差し出した時までは、第一物件と同一技術思想に属する実用新案登録出願がなかつたことは明らかである。しかるに、被告らは、昭和三十四年十一月九日から、善意で、第一物件を、業として、製造、譲渡し、及び譲渡のために展示してきたものであるから、本件実用新案権につき、右事業の目的の範囲内において、先使用による通常実施権を有するものである。したがつてまた、第一物件と同一性のある技術で、考案として同一範疇に属する第二物件を製造し、譲渡し、及び譲渡のために展示することは、先使用による通常実施権の範囲内に属し、原告の請求は、失当である。

第三  証拠関係≪省略≫

理由

(争いのない事実)

一  原告がその主張の実用新案権(本件実用新案権)の権利者であること、本件実用新案権の登録願書に添付した明細書の登録請求の範囲の記載が、被告ら主張の経過を経て、別紙第一目録該当欄記載のとおり訂正され、これが出願公告となつたこと、被告東洋特殊織物株式会社が、業として、昭和三十五年十月一日から昭和三十六年四月二十日まで、被告広瀬又一株式会社の注文により、別紙第一図の組織図のとおり織成された第一物件をカツト換算で四十六万九千八百七十メートル製造し、これを被告広瀬又一株式会社に販売し、同被告が、業として、昭和三十五年十月一日から昭和三十六年二月末日までの間に、右第一物件のうちカツト換算で十八万千六百七十一メートルを地に譲渡したこと、同被告が別紙物件目録記載の第一物件を所有していること、被告東洋特殊織物株式会社が、業として、昭和三十七年五月頃から、別紙第二図面及びその説明書記載のとおり織成された第二物件を製造し、これを被告広瀬一又株式会社に譲渡したこと、及び同被告が業として、さらにこれを他に譲渡したことは、いずれも当事者間に争いがない。

(本件登録実用新案の要部)

二 前掲当事者間に争いのない本件登録実用新案の登録請求の範囲の記載に、成立の争いのない甲第一号証(本件実用新案権の実用新案公報)の「実用新案の説明」欄の記載を参酌して考察すると、本件登録実用新案は、「ズボンの腰裏の構造」に関するものであり、その要部は、

(1)  腰裏地を上部、中間部及び下部とした単位組織として、数単位ないし十数単位の広幅で織成し、これを単位組織に切断してズボンの腰裏に縫着するものであるあること、

(2)  このズボンの腰裏のバンドを締め付ける中間部の布面を腰廻り方向の凹凸に形成したこと、

にあり、これにより、ズボンの腰裏が弾力性を有し、ズボンとワイシヤツとがよくなじんで密着し、ズボンの滑り落ちを防止するとともに、着崩れすることなく、優美なスタイルを保持することができ、また、腰裏にゴムバンドのような附属品を使用する必要のないことの作用、効果を有するものとみることができる。

被告らは、原告は、本件実用新案権の願書の最初に添付した明細書の登録請求の範囲の記載が、「図面に示す如く、腰裏地を上部(1)中間部(2)及び下部(3)とした単位組織として数単位ないし十数単位の広幅で織成し、単位組織に切断してズボンの腰裏に縫着するものにおいて、バンドを締め付ける中間部(2)をサツカー織として波状の凹凸を形成してなるズボンの腰裏の構造」とあつたのを、昭和三十五年四月九日付訂正書をもつて、右登録請求の範囲の記載中、バンドを締め付ける中間部を、「サツカー織又ははちす織の如く腰廻り方向に凹凸を形成してなるズボンの腰裏地の構造」と訂正したところ、特許庁長官は、出願当初の説明書及び図面には、中間部をはちす織とすることは全然記載されていなかつたのであるから、この点を要旨の一つとしている右訂正書は、要旨を変更したものとして採用しなかつたので、原告は、さらに、同年五月十八日付討正書をもつて、前記出願当初の説明書の記載中、中間部を、「その布面を腰廻り方向の凹凸に形成してなるズボンの腰裏の構造」と訂正し、これが出願公告となつたものであるが、改正前の大正十年法律第九十七号実用新案法のもとにおいては、要旨を変更することは許されなかつたのであるから、右登録請求の範囲の記載の訂正は、要旨変更にならない限度において、すなわち、バンドを締め付ける中間部分をサツカー織として波特の凹凸を形成するための効果を一層具体的にするために訂正されたものというべきであり、したがつて、本件登録実用新案の要旨中、中間部は、出願当初の願書に添付した明細書の登録請求の範囲に記載されたように、中間部を織物の組織でなく、織物の張力による変化を持たせたり織り方の一種であるサツカー織とすることにより、中間部の布面そのものが布地全体を波立たせて腰廻り方向に波状の凹凸を形成することを要旨とするものであり、本件登録実用新案の登録請求の範囲の記載中「中間部の布面を腰廻り方向を凹凸に形成する。」とあるのは、右のように、はちす織を用いることなくサツカー織のような織り方のものに限定して解釈すべきである旨主張し、本件実用新案登録の経過が被告らの主張のとおりであることは、前記のとおり、当事者間に争いがないが、右事実に、(証拠―省略)を参酌して検討すれば、出願当初の願書に添付した明細書の実用新案の説明の欄には、本件実用新案は、「平織、綾織、朱子織又はそれらの変化組織をもつて織成し、上部(1)と中間部(2)と下部(3)とよりなること。」及び、「ズボンのバンドを締め付ける中間部(2)の組織の上下の部分と異なる組織とする。」旨の各記載があり、また、右明細書の図面には、中間部(2)たをてうね(経畦)織とし、上部及び下部とは異なる組織とした組織図が示されているが右明細書からは、その考案にかかる腰裏の組織が、平織、綾織、朱子織又はそれらの変化組織あるいは右組織図に示されるように、中間部をたてうね(経畦)織とした組織のものにのみ限定されるべき記載は認められないのみならず、右変化組織とは、三原組織から誘導される組織を指し、このうちには布面に凹凸を形成する組織、すなわち、はちす織等も含まれるのであり、また、出願当初の明細書記載の作用効果としては、「波状の凹凸のために、ワイシヤツがよく密着してズボンの滑り落ちるのを防ぐものである。」旨の記載があり、本件実用新案登録出願が、特に中間部をサツカー織にしたための格別の作用効果を記載したことも、サツカー織にしなくとも、サツカー織によつて生ずるような凹凸を有するものであれば、右のような作用効果を有するものであり、出願当初の考案の要旨は、波状の凹凸がよくワイシヤツに密着してズボンの滑り落ちを防ぐ点にあるものと認められるから、出願当初の明細書の登録請求の範囲の記載中「中間部をサツカー織とする」旨の記載は、実施の一態様を示したものと解すべきである。したがつて、特許庁長官が昭和三十五年四月九日付訂正書に対し、中間部をはちす織とすることが要旨を変更するものとして採用しなかつた一事をもつて、出願当初の明細書の要旨を、それに記載された中間部をサツカー織とすることにのみ限定した趣旨と解すべきでないことはもとより、同年五月十八日付訂正書をもつて、中間部をサツカー織とする旨の構成を削除したとしても、出願当初の明細書に記載された事項の範囲内において、登録請求の範囲を変更したにすぎないものというべきでないことはもとより、他に本件登録実用新案の技術的範囲を出願当初の明細書の登録請求の範囲の記載に限定して解釈すべき何らの根拠もないから、被告らの前記主張は採用することができない。

さらに被告らは、本件登録実用新案の腰裏は、一重組織のものに限定して解釈すべきである旨主張するが本件登録実用新案の明細書の記載から、右腰裏が一重組織のものに限定して解釈すべき旨の記載はなく、被告ら主張の公知例は、本件登録新用新案の技術的範囲を解釈するにつき適切な資料とはなりえないし、また、被告ら主張の慣例の存在もこれを認めえないから、右主張は採用することができない。

(第一及び第二の各物件が、本件登録実用新案の技術的範囲に属するかどうか。)

三 (一) 第一物件について。

被告らの製造又は販売する第一物件が、腰裏地を上部、中間部及び下部の三部分からなる単位組織とし、右単位組織の数単位ないし十数単位を広幅に織成し、単位組織に切断してズボンの腰裏に縫着する腰裏地であり、この構造が別紙第一図面の組織図のとおり織成されていることは、当事者間に争いがなく、右事実に、鑑定人(省略)の鑑定の結果を合わせ考えれば、第一物件の単位組織は、上部が綾織次いで二重織、平組、二重織、平織となつており、バンドを締め付ける中間部がはちす織であり、これに続いて平織、二重織、平織、二重織が繰り返され、下部が綾織に形成され、これを斜めに切断してズボンの腰裏として用いるため、各組織は、全体として四十五度に傾いたバイヤス状に設けられ、中間部は、はちす織であるために布面に腰廻り方向に凹凸が形成されているとともに、これが上下の方向にも凹凸が形成されているズボンの腰裏ということができ、他に右判断を覆すに足る資料はない。

よつて、本件登録実用新案にかかる腰裏と第一物件とを右鑑定の結果を参酌して比較検討するに、

(1) 数単位以上の広幅に織成されたものから単位組織に切断して、ズボンの腰裏に縫着されるように形成されたズボンの腰裏地であること、

(2) 右腰裏地を上部、中間部及び下部に区分される構成とし、バンドを締め付ける中間部の布面を腰廻り方向に凹凸を形成する組織としたこと、

において、両者は同一であり、

(3) 本件登録実用新案にかかる腰裏においては、単位組織に切断された腰裏地において、経糸の通る方向並びに上部、中間部及び下部の具体的組織を全く限定していないのに対し、第一物件においては、単位組織に切断されたものが、全体としてバイアス地をなし、また、上部が綾織、次いで二重織、平織、二重織、平織を介して中間部がはちす織であり、さらに、平織、二重織、平織、二重織を介して下部が綾織という組織のものであること、

(4) 前者の腰裏の中間部が腰廻り方向に凹凸を形成するものであり、上下方向の凹凸については何ら限定していないのに対し、第一物件においては、中間部がはちす織であるため、腰廻り方向に凹凸を形成するとともに、上下の方向にも凹凸が形成されていること、

において、両者間に形式上の差異があるが、はちす織が前説示のとおり変化組織に属する織物であり、しかも、右織物が布面に蜂巣のような凹凸を表わすもので、敷布等に用いられ普通に知られている組織であり、布面に凹凸を組織により形成するのにはちす織を用いることは業者間の慣用技術の範囲に属するものというべきであり、また、第一物件が前記のとおり全体をバイヤス地とし、中間部をはちす織としたために、上下及び左右の方向に伸縮できる効果を有するのに対し、本件登録実用新案にかかる腰裏は、上下及び左右の方向に伸縮し難いものであるが、第一物件が腰廻り方向の凹凸を有すること自体においては両者差異がなく、しかもその凹凸により、本件登録実用新案の腰裏と同じ作用効果を有するものということができる。

(二) 第二物件について。

被告らの製造又は販売する第二物件の構造が、別紙第二図面及びその説明書記載のとおり綾成されたものであることは、当事者間に争いがなく、右事実に、前掲鑑定人(省略)の鑑定の結果を合わせ考えれば、第二物件は、腰裏地の上部より1から5までの各部を構成する組織を単位組織とし、この単位組織を斜めに形成して数単位の広幅に織成し、これを単位組織に切断してズボンの腰裏に縫着するものであり、単位組織は、1及び5の各部分は、表が綾織、裏が平織の二重組織であり、2及び4の各部分は変化平織の一重組織で、3の部分は表がはちす織で、裏が変化綾織の二重組織で構成され、斜めに切断してズボンの腰裏として用いるため各組織は、全体として四十五度に傾いたバイヤス状に設けられ、中間部は布面に腰廻り方向に凹凸が形成されているとともに、これが上下の方向にも凹凸が形成されているズボンの腰裏ということができ、他に右判断を覆するに足る資料はない。

よつて、本件登録実用新案にかかる腰裏と第二物件とを右鑑定人の鑑定の結果を参酌して比較検討するに、

(1) 数単位以上の広幅に織成されたものから単位組織に切断して、ズボンの腰裏に縫着されるように形成されたズボンの腰裏地である点において、両者は同一であり、

(2) 第二物件は、1と3の部分の間及び3と5の部分の間に、これらの幅に比べて狭い幅に変化平織の部分を有するが、この部分はズボンの腰裏として格別の作用効果を有するものとは認められず、単に、境の組織とみられる附加的構造というべく、したがつて、上部、中間部及び下部よりなる単位組織を有する点において、両者は同一である。

(3) 第二物件の中間部は、裏をはちす織とし、裏を変化綾織として二重織で構成したことにおいて、本件登録実用新案の腰裏があるが、後者の腰裏においては、単位組織に切断された腰裏地において、経糸の踊る方向並びに上部、中間部及び下部の具体的組織を全く限定していないのみならず、はちす織が布面に凹凸を組織により形成したものであり、これが変化組織に属する織物であることは前説示のとおりであり、また、一般に織物生地に芯を持たせたり、厚地にするために二重織にすることは、織物構成上の慣用手段であり、第二物件がズボンの腰裏として二重織を用いたために、格別の効果を持たせということは認められない。

(4) 第二物件は、全体をバイヤス地とし、中間部の表組織をはちす織としたため、腰廻り方向に凹凸を形成するとともに、上下の方向にも凹凸が形成されているに対し、本件登録実用新案にかかる腰裏においては、中間部が腰廻り方向に凹凸を形成するものである点に差異があり、これがためが前者においては、上下及び左右の方向に伸縮できる効果を有するに対し、後者においては、上下及び左右の方向に伸縮し難いものであるが、第一物件につき説示したように、第二物件が腰廻り方向の凹凸を有することに両者差異がなく、しかもその凹凸により、本件登録実用新案の裏腰と同じ作用及び効果を有するものということができる。

(三) 結論

右説示のとおり、第一物件及び第二物件が、全体をバイヤス地としたこと、及び第二物件については、さらにこれを二重組織としたことにより、両物件がその作用効果の点において、本件登録実用新案にかかる腰裏の作用効果を改良したものということができるとしても、いずれも本件登録実用新案の要件をすべて具備しているものと認められるから、その技術的範囲に属するものというべきである。

これらの点に関し、乙第二十二号証(鑑定書と題する書面)に記載された(省略)の意見は、本件登録出願の経緯に照らし、中間部にはちす織により凹凸を設けたものは、本件登録実用新案の登録請求の範囲より除外すべきであり、したがつて、第一物件は、本件登録実用新案の技術的範囲に層さないとするものであるが、前示理由により、右見解には賛同し難く、他に前記判断を動かすに足る資料はない。

(先使用による通常実施権について。)

四 被告らは、本件実用新案権の出願の経緯に照らし、原告が、昭和三十五年五月十八日、特許庁長官に対し訂正書を提出した時に、本件登録実用新案の要旨が変更されたものとすると、先使用権の存否を判断する標準時である出願の時は、右訂正書を提出した時であり、被告らは、この以前である昭和三十四年十一月九日から、業として、善意で、第一物件を製造、販売していたのであるから、その事業の目的の範囲内において、本件実用新案権につき先使用による通常実施権を有する旨主張するが、原告が昭和三十五年五月十八日付をもつてした前記訂正申立は、本件登録実用新案の要旨を変更したものということはできないこと、さきに登録実用新案の要部において説示したとおりであるから、さらにその余の点について判断するまでもなく要旨の変更があつたことを前提として先使用による通常実施権を有する旨の被告らの前記主張は、失当といわなければならない。

(差止請求等について。)

五 被告東洋特殊株式会社が、被告広瀬又一株式会社の注文により、原告主張の頃、第一物件を業として製造してこれを同被告に販売し、同被告が、その頃、右譲渡を受けた第一物件を業として他に販売したこと、被告広瀬又一株式会社が、別紙物件目録記載の第一物件を所有していること、被告東洋特殊織物株式会社が、原告主張の頃、業として、第二物件を製造し、これを被告広瀬又一株式会社に譲渡したこと、同び同被告が業として第二物件を販売したことは、いずれも当事者間に争いがなく、また、右事実から同被告らが、右第一、第二物件を譲渡のため展示していることは容易に推認できるところ本件第一及び第二の各物件が本件登録実用新案の技術的範囲に属することは、前記認定のとおりであるから、被告らの各行為は、本件実用新案権を侵害するものというべきであり、右認定の被告らの侵害の態様からみて、被告らは第一及び第二の各物件を製造又は譲渡し、あるいは譲渡のために展示するおそれがあるものということができ、また、被告広瀬又一株式会社の所持する右物件目録記載の第一物件は侵害の行為を組成した物件ということができるから、被告らに対し、主文第一項及び第二項掲記の侵害の停止及び予防並びに同第三項掲記の第一物件の廃棄を求める請求は、いずれも理由があるものということができる。

被告らは、新用新案権者である原告が専用実施権を設定している場合には、その設定行為で定めた範囲内において、原告は、差止め及び廃棄を求める権利を有しない旨主張するが、専用実施権者が設定行為で定めた範囲において、その登録実用新案の実施をする権利を専有するものであることは、実用新案法第十六条、第十八条の明定するところであるが、これらの規定から、直ちに、設定行為で定めた範囲内において実用新案権者の独占的な地位が失われ、右権利が全く内容の空虚な権利となるものと解さなければならない実質的理由はなく、したがつて、原告は前記差止等の権利を失うものというべきではないから、専用実施権の内容につき進んで判断するまでもなく、実用新案権を設定したことにより差止等を求める権利を有しなくなる旨の被告らの主張は採用することができない。

(損害賠償請求について。)

六 被告らの製造販売する第一物件が、本件実用新案権を侵害するものであることは、前認定のとおりであるから、被告らは右侵害行為につき過失があるものと推定されるところ、他の推定を覆すに足る証拠はない。

(証拠―省略)総合すると、原告は、本件実用新案権の権利者として、マーベルト株式会社に対し、実施料をカツト換算にて腰裏地一メートルにつき金三円と定めて通常実施権を許諾し、一方、補助参加人に対し、ナイロン等を使用してなるズボンの腰裏地につき実施料を原反一メートルにつき金四十円と定めて専用実施権を設定しており、なお、原反は用途により約四十インチ幅のものを十二本から二十本に切断するので、これをカツト換算にすれば、実施料は一メートルにつき金二円から金三円三十三銭となること、及び普通本件実用新案権の考案にかかる腰裏地を既成服業者に販売するについて、カツト換算にて一メートル金五十二円から金五十五円であり、実施料は、その五分から六分が一般であることが認められ、右事実によれば、他に特段の事情の認められない本件においては、第一物件を実施するについての実施料相当額は、カツト換算にして一メートルにつき少なくとも金二円六十銭と認めるのが相当であり、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

しかして、被告東京特殊織物株式会社が原告主張の間、カツト換算で四十六万九千八百七十メートルの第一物件を被告広瀬又一株式会社の注文により製造してこれを同被告に販売し、同被告が、右購入した第一物件中カツト換算で十八万千六百七十一メートルを他に販売したことは、当事者間に争いがないから、本件登録実用新案の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する金銭の額は、被告東洋織物株式会社については金百二十二万一千六百六十二円、被告広瀬又一株式会社については金四十七万二千三百四十四円六十銭というべきであり、したがつて、右各金員につき、原告は、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができるといわなければならない。

しかして、第一物件中、被告広瀬又一株式会社が販売した十八万千六百七十一メートルに対する実施料相当額については、被告らの各実施が関連共同し、これが右損害の原因となつていることは、被告らの実施の態様に徴し明らかであるから、右数量に対する前記実施料相当額の損害金四十七万二千三百四十四円六十銭については、被告らは、連帯して、これが賠償義務があるものといわなければならない。

したがつて、原告の本件損害金の請求は、被告両名に対し、各自四十七万二千三百四十四円六十銭及びこれに対する不法行為の後である昭和三十六年八月十三日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金並びに被告東洋特殊織物株式会社に対し、前記金二十二万一千六百六十二円から右金四十七万二千三百四十四円六十銭を差し引いた金七十四万九千三百十七円四十銭及びこれに対する前同様昭和三十六年八月十三日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において、理由あるものということができるが、その余は理由がないものといわなければならない。

(むすび)

七 よつて、原告の請求は、主文第一項から第五項掲記の限度で理由ありとしてこれを認容し、その余の請求は、失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条及び第九十四条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三宅正雄 裁判官 武居二郎 白川芳澄)

第一図説明書

A図は、ズボン腰裏地の反物を示し、上部(1)、中間部(2)、下部(3)を一単位とする腰裏地が多数の単位に広幅で織成されている状態を示す。

B図は、A図の反物を斜方向に裁断して得る一単位の平面図であり、(1)は腰裏地の上部、(2)は中間部、(3)は下部である。

C図は、A及びB図のズボンの腰裏地の組織図である。(1)が上部、(2)が中間部、(3)が下部に当たり、(イ)から(ヘ)はそれぞれB図の該当箇所の組織を示す。

第二図説明書

A図は、ズボンの腰裏地の反物を示し、上部より1から5までの各組織を一単位とする腰裏地が多数の単位で構成されている状態を示す。

A図一点鎖線は、裁断箇所を示し、A図及びB図の二点鎖線は、織成される繰返し部分の境界を示す。

B図は、A図の反物を斜方向一点鎖線箇所で裁断して得る一単位の平面図(表面)である。

C図は、その一部を拡大したもので、1から5は、それぞれ該当組織を異にするものであることを示す。その組織は、第二図組織の説明書のとおりである。添付腰裏地は、第二物件の現物である。

(現物省略)

第二図の組織図の説明書

D図、E図及びF図は、それぞれ第二物件の組織を示す組織図である。

D図は、右第二図の1及び5の部分の組織、E図は、同図の2及び4の部分の組織、F図は、同図の3の部分の組織を示し、イが地組織(完全組織図)であり、ロはその表組織(変化綾織)、ハはその裏組織(平織)である。

F図は、変化平織(この部分は、一重組織)であり、イが地組織(完全組織図)であり、ロはその表組織(はちす織)、ハは裏組織(変化綾織)である。

物件目録(省略)

特許庁実用新案公報抄(実用新案出願公告昭三五―二五六三五)

登録請求の範囲

図面に示す如く腰裏地を上部1、中間部2及び下部3として単位組織として、数単位乃至十数単位の広幅で構成し、単位組織に切断してズボンの腰裏に縫着するものに於て、バンドを締付ける中間部2の布面を腰廻り方向の凸凹に形成してなるズボンの腰裏の構造。

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